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「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(9)」
参考書籍
書籍: 文庫(510ページ)
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目次: ヤルタ会談
憂色を深めるドイツ
レイマーゲン橋争奪戦 ライン最後の攻防 ベルリンへの道は遠かった 枢軸首脳の昏迷深まる |
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ヤルタ会談、米ソ秘密会談の印象
引用「二人の会談は、まさしく地球を掌中でこねまわしている感じであった。
驕慢さよりは、気楽さが感得された」
とは、大使ハリマンの感想である。
戦争は惨禍をもたらす。
だが、一時の戦火とは別に、直接に関係のない力で民族の命運と将来が作図される恐ろしさも戦争の産物だ
―との含意がうかがえる。
パットン中将の立ち小便
引用第三軍司令官パットン中将は、思い出し笑いで顔面の筋肉をゆるめつつ、前進する部隊の合い間をみて、
第十二軍団長M・エディ少将の先導で架設された舟橋をわたりだした。
二人の副官、C・コドマン中佐とA・スティラー少佐がつづいたが、
舟橋の中間位置に来ると、中将は立ちどまり、下流にむかって小便をはじめた。
ライン川で小便をする―というかねての「公約」を実行したのだが、
そのために膀胱を充満させていたものか、ドボドボ、ジョボジョボ、と、川面をたたく水音がつづく。
渡河を急ぐ部隊が後方からせまり、渋滞にいらだった指揮官が舟橋をゆらせて先頭に出てきたが、それと知ると、破顔した。
「パットンが小便している」との情報が流れ、たちまち真似をする兵が続出し、
ライン川は米兵が放出する尿で泡立った。
中将は、用をすますと、少将と二人の副官をうながして対岸にわたった。
児島襄 「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(9)」
P.314
引用日ソ間には、一九四一年(昭和十六年)四月十三日に調印され、同二十五日に発効した期限五年間の中立条約がある。
条約は有効期限の一年前、すなわち来る四月二十五日までに一方が廃棄通告をしなければ、自動的に五ヵ年延長となる。
連合国側と戦う日本にとっては、ソ連の対日中立は、「背後の安全」の保証であるとともに、
連合国側との「和平通路」ともみなされるので、これまでもしばしば同条約の延長をはかる努力をかさねてきた。
大使は、『日露戦争』講和条約の廃止を条件にして、できれば「十六年或ハ二十六年」、せめて「六ヵ年」の延長を交渉する腹案を用意したが、
ソ連側と協議する機会がないままにこの日の外相モロトフとの会見になったのである。
日ソ中立条約は、『独ソ戦』も『日本ノ対米戦』も起る前に締結された。
が、そのご日本は「独ノ同盟国トシテ同国ノ対蘇戦ヲ幇助」し、ソ連の同盟国米英と戦っている。
このように変化した情勢下では、ソ連は日本との中立条約は維持できないから、
同条約の廃棄を通告する―という。
「(条約期間は)今迄ニ四ヶ年ヲ経過シタリ。
猶一年残存シ、五年後ニ(条約締結前ノ)元ノ状態ニ立返ヘル」
児島襄 「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(9)」
P.446
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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