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「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(5)」
参考書籍
書籍: 文庫(510ページ)
目次: 作戦『青』発動
スターリングラード総攻撃
退勢の予兆 悲劇 ヒトラー暗殺計画 カチンの森の大虐殺事件 熾烈な謀略戦 史上最大の戦車戦「クルスク」の戦い イタリヤ戦線の危機 |
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―十一月十九日。
夜が明けても吹雪はおさまらず、視界はゼロと記録された。
だが、ドン、南西両方面軍司令部は、計画どおりの攻撃を実施することにして、午前七時二十分、砲兵部隊に合図の隠語を下達した。
―「サイレン」
砲撃用意の指示であり、その十分間後、午前七時三十分、砲撃開始が命令された。
まず、ロケット砲『カチューシャ』が発射をはじめ、壁のように四囲をおおう吹雪の中を火矢がたばになって駆けぬけた。
次いで砲撃が開始されたが、吹雪と砲煙で視界がとざされ、おまけに大地の積雪が反射する薄光のためにも砲手は視野をせばめられ、
照準確定に難儀した。
しかし、目標は、事前に測定してあるので、ソ連砲兵は砲撃をつづけた。
攻撃の主向は、【中略】 第六軍の北翼に位置するルーマニヤ第三軍に定められている。
ソ連軍歩兵部隊は、砲撃の合い間に雪中を這って進み、ルーマニヤ軍陣地の前、約三百メートルにせまった。
午前八時四十八分、砲兵が最後の斉射を終えると、二分間後、午前八時五十分、戦車に援護されて歩兵部隊は前進した。
南西方面軍の第二十一軍(A・チスチャコフ少将)の場合、クレットスカヤ付近から行動を起こし、
中央に第九十六、第六十三、第二百九十三、第六十五師団を並列して進んだ。
いずれも、戦車に乗ったり、その横を歩いての前進であったが、左翼の第七十六師団は、風変わりな進撃ぶりを示した。
師団長M・タバルテラツ少将の命令で、九十人の軍楽隊がソ連国家を演奏しながら、行進したのである。
攻撃されたルーマニヤ第三軍は、錯乱状態になった。
いきなり吹雪の中からロケット砲、砲弾が八十分間も降りそそぎ、それが終わったかと思えば、戦車のエンジン音、軍靴の地響き、
おまけに音楽まで聞こえてきたのである。
吹雪にとじこめられている環境では、なにがどこからくるのか、見当がつかない。
ルーマニヤ第三軍は、一人が、あっちだ、と叫ぶ方角にむかい、雪と泥にまみれて潰走した。
児島襄 「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(5)」
P.158
ベルリン放送、カチン虐殺事件を発表
一九四三年四月十三日午後三時十五分―。
ベルリン放送が、はじめて事件を全世界に一報した。
【中略】
「ドイツ陸軍当局は、数日前、現地住民の示唆により、殺害されたポーランド軍将校の集団墓地を発見した。
現場は、スモレンスク市の西方二十キロ、スモレンスク-ビテブスク街道に沿ったカチン森の通称『山羊ガ丘』であり、
『NKVD』(ソ連内務省秘密警察)休養所から約五百メートル離れた地点である・・・・・・」
ベルリン放送は、さらに、埋葬されているポーランド軍将校の死体の推定数は「一万体以上」であること、
死体のほとんどは後ろ手に縛られて後頭部に銃弾をうちこまれていること、などをつたえた。
ニュースは、ポーランド国民のみならず、欧米諸国にも衝撃をあたえた。
というのも、一九三九年九月、ソ連軍がポーランド東部に進入したさい、多数のポーランド軍人、市民が捕虜となり、
そのこ、ロンドンのポーランド亡命政府が、一部の行方不明者、とくに将校群の所在をたしかめるべく、
しきりにソ連政府と交渉していたことは、よく知られていたからである。
児島襄 「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(5)」
P.312
カチンの現場
一メートルほど掘ると、むっと屍臭がたちのぼり、掘れば掘るほどその臭いは強烈になり、村民三人のうち二人は、もう駄目だ、
病気になる、といって、シャベルをほうりだした。
「どうした、貴様ら、しっかりやれ」
軍曹たちが叱咤したが、二人は、いち早く現場から避難している。
臭気に強いらしい一人の村民だけが作業をつづけ、やがて長い外套を着た死体にぶつかった。
服のボタンをちぎりとって泥をこすり落とすと、ワシ印がうきあがった。ポーランド軍の制章である。
とにかく報告だ、と軍曹たちがわめき、一行はボタン一個をもって憲兵隊にひき返した。
児島襄 「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(5)」
P.319
ムッソリーニ逮捕
国王は、首相ムソリーニを居室にまねいても、これまでのように椅子をすすめず、おかげで二人は立ったまま話す形になっていた。
そして、首相ムソリーニが戦況や大評議会について語り、やおらヒトラー説得による戦局打開構想にふれようとすると、
それまでもいらいらした様子で口をはさんでいた国王は、大評議会の議決の意義は重い、と述べたあと、
「アルプス旅団ではやっている歌をご承知か。こんな歌だ」
ムソリーニをやっつけろ、
仲間を殺したあの男を
玄関に出ると、憲兵大尉ヴィグネリが近づき、国王に閣下の身辺護衛を命令された、同行願いたい、といって、救急車を指さした。
首相ムソリーニと秘書チェザレが、不要だと述べたが、大尉は、命令ですと主張して、救急車の後部ドアをひらいた。
炎天下での駐車だったので、とたんに熱気が噴出した。
「この連中ものるのか。よけい暑苦しくならんか」
首相ムソリーニは、まわりをとりまく六人の逮捕要員を眺め、うんざりした様子で質問した。
要員たちも浮かぬ顔を示したが、大尉は、かまわん、早く乗れ、と、一同を救急車におしこんだ。
児島襄 「第二次世界大戦・ヒトラーの戦い(5)」
P.484
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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