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アメリカ、日米首脳会談の提案に回答
1941/08/17
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
確実な理由は日本との戦争の準備が整うまでの一定期間は開戦を先に延ばしたかったことである。
しばらくの間、日本が暴発しないよう「あやしておく」ことが望ましかった。
それに加えて、ルーズベルトは危機の日米関係を自らの手で急転直下平和にもち込むことに意欲を感じなかったともいいきれないと思う。
ひとたび大胆な平和のイニシアティブに応じ、偉業達成を試みることは悪いことではない。
天皇・近衛組が陸軍を本当に抑えられるかおぼつかなかったが、
このたびは近衛が本気であることはグルーの電報からもマジック情報からも明らかであった。
もし軍部がそこから逸脱するようなら、その時にたたけばよい。
アメリカ政府は平和へのよい記録を作り、しかも準備時間を得たうえで、開戦を迎えることができる。
それは案外合理的な方策たりうる。
ではなぜ、ルーズベルトは最終的には、断ったのか。
しばしば指摘される中国など連合国の意向よりも、この局面で決定的だったのは、ハル国務長官の怒りであった。
ハルは日本への根深い不信感に動かされていたが、それ以上にルーズベルトの外交指導をめぐる国務長官の扱いに耐えがたい屈辱を覚えていた。
八月の大西洋会談へは自分の了解も得ずに部下のウェルズ次官が同行し、ハルの一番得意な格調高い原則的「憲章」を発表するに至った。
大統領が女房役たるべき国務長官の眼を盗んで、ウェルズや私的補佐官であるホプキンズを伴って、
国際会議に出かける悪癖にハルは苦しんできたが、このたびはとりわけ傷ついた。
ハルは普通の閣僚ではなく格別に偉大な国務長官とみなされていた。
大統領はその心中をすぐさま感じとって、
政治的影響力の大きいハルが自分への不信から暴発して辞表をたたきつけたりしないよう心配りを開始した。
やがてウェルズ次官を更迭するに至るが、とりあえずハルの頂上会談への反対を尊重し、近衛とのデートを断念したのである。
対日関係はハル国務長官の手許に残された数少ない外交領域であった。
五百旗頭真 「日本の近代(6)」
P.127この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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