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御前会議、対米開戦を決意
1941/09/06
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用天皇の異例の発言は、御前会議出席者にひとしく衝撃を与えた。
だがまことに不思議なことに、九月三日に政府が決定した「帝国国策遂行要領」の内容は、六日の会議で何も変更されず、
そのまま了承され国家の最高政策として権威づけられた。
重ねて天皇から叱責された杉山と永野の陸海軍トップは平身低頭して恐懼の極みを体で表現した。
しかし、名誉をまっとうできなかったときには切腹した武人の伝統は、彼らの遺伝子には受け継がれていなかったようである。
政策変更も引責辞任も、具体的な対応を何もしなかった。
天皇の発言は独り言として扱われたに等しかった。
一人だけ真剣に修正を含めた対応を考えた者がいた。
東条英機陸相である。
東条は陸軍省に戻ると「聖慮は和平であるぞ」と大声を発し、部下を集めて会議の次第と衝撃をそのままに伝えた。
さらに武藤軍務局長と長時間の談合のあと、聖慮を重んじ、外交に力を注ぐ方針を打ちだした。
ここに東条が軍人の中で最有力の存在として大をなし、天皇にも厚く信頼されるに至った所以が示されているであろう。
重大にして複雑な事態に直面して自らの観点と判断力をもてず、「決意」を迫る中堅幕僚の「内圧」にうろたえる指導者が少なくなかったが、
そんな中で、東条は問題に正面から取り組む生真面目さと勤勉さがあった。
さらには本気の尊皇思想の持ち主であったこともあった。
御前会議での天皇の発言を重く受けとめたのであった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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