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日独伊三国軍事同盟調印
1940/09/27
~ ドイツのイメージ (1940/09) ~
強い/必ず勝つ/すぐに勝つ/親切/気前がいい
→ “バスに乗り遅れるな” (日独伊三国軍事同盟締結)
taro's トーク
ああああああ
引用一九四〇年夏のドイツは、イギリス本土へ連日の爆撃を加えて制空権を奪い、イギリスを屈服させようとした。
しかし、レーダーの開発配備を世界でただ一国とげていたイギリスは空軍によるしぶとい効果的な守戦を展開した。
軍需生産基地からロンドンへ中心目標を切り換えるヒトラー自身の作戦上の誤りもあって、
秋の声を聞くころには、ドイツがイギリス本土上空の戦に敗れたことは否定できない事実となっていた。
ドイツの輝ける時は一九四〇年六月、フランスを屈服させたころに終わっており、
夏を分水嶺として挫折と転落の局面がしのびよっていた。
アメリカのルーズベルト政権は、陸軍戦争計画課長G・ストロングを長とするミッションをヨーロッパに派遣して現地調査を行い、
九月はじめにその報告を受けてドイツの凋落の始まりを認識していた。
ところが、日本陸軍は多くの軍人をヨーロッパに駐在させながら、
親独主義に毒されてドイツの行き詰まりを把握できず、松岡外相も同じくドイツの電撃戦の成功という残像に支配されて、
共同幻想に陥っていた。
松岡外相は、ドイツが第二次大戦の中で転落を開始した瞬間に、依然ドイツの対英勝利が近いと信じて、
九月二十七日に三国同盟を結んだのである。
それは、いわば「滅びゆく者との抱擁」であり「死の接吻」ともいうべき悲劇的決断であった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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