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大本営、「関特演」発動
1941/07/02
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
中国大陸での出口の見えない戦争はもう4年に及ぼうとしていた。
日本軍はさらに東南アジアへも兵を進めた。南進である。
加えて北進も考えはじめた。
関東軍特殊演習、いわゆる「関特演」で満州に大兵力を動員し、いつでもソ連に攻め込めるよう準備を整えたのだ。
西でドンパチ、南へ北へ。この日本のめっちゃめちゃを理解するカギはドイツだ。
ドイツがフランスをやっつけると、日本軍はこの国の東南アジアの植民地に入り込んだ。
独ソ戦がはじまると、ソ連がやっつけられることを期待して、で「関特演」というわけだ。
日本人としてとても残念なことだが、この時期の日本はハイエナくんと化していた。
貧すれば鈍するということだろう。おまけに、日蘭交渉の決裂や独ソ戦の開始でパニくってもいた。
この後も日本の迷走は続く。人の迷惑を顧みず、ガツついた過去に目をつぶるより、
それを直視して、貧しないように鈍しないようにと思う方が、ずっと愛国的だと思うtaroである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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