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明石大佐、公使館員とともにペテルブルク退去 (明石工作開始)
1904/02/10
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用ロシアの衛星圏には不平党、独立党が精力的な地下工作をつづけており、
ロシア本土にも、帝政の矛盾と圧政のなかから革命運動家が年々続出している。
日本の大本営は、この戦争をはじめるにあたって、
これらロシア内外の不平分子を煽動して帝政を倒さしめるべく大諜報をおこなうことを決定し、
その任務を公使館付武官を歴任(フランスおよびロシア駐在)してヨーロッパにあかるい明石元二郎大佐にあたえた。
明石は福岡藩出身で、士官学校は好古よりやや下の六期であった。
服装に無頓着ないわば東洋的豪傑風の男だったが、かれのやったしごととその効果は驚嘆すべきものであった。
しかも資金はふんだんにつかった。
参謀本部がかれ個人にあたえたこの工作費が、日本の歳入がわずか二億五千万円のころに百万円という巨額であったことをおもえば、
その活動量をほぼ想像できるであろう。
司馬遼太郎 「坂の上の雲(4)」
P.175この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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