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ハインリッヒ・ヒムラー
1900 - 1945
内相、ゲシュタポ長官、ナチス親衛隊隊長 / ドイツ
エピソード 1調査中。
引用ヒムラーは、一九四三年にはヒトラーにつぐ第三帝国第二番目の人物にのしあがった。
彼は良家の出身であり、順調に大学を卒業していたので、単純で人のよい家父長的な性格があり、
部下には自由に腕をふるわせていた。
したがって親衛隊の内部では、おたがいに親密な信頼関係があり、団結がかたく、ヒムラーは部下から無条件に信頼されていた。
ドイツ支配勢力の大半にとっては帝国主義政策のための一手段にすぎなかった狂気じみたナチスの諸政策を、
ヒムラーたちは疑うことも知らずにまじめに信じこんで実行したのであって、ここに彼らの悲劇があったのである。
巨大な犯罪組織の大親分といった印象が彼にはまったくなくて、
「まるで田舎の小学校長のようだ」といわれてきたのもこのゆえである。
村瀬興雄 「世界の歴史(15)」
P.360この本を入手
引用ハインリヒ・ヒムラー。その父は高等学校の校長をつとめたこともあり、ヒムラー自身、一見すると、
物腰のやわらかい学校の校長のようなタイプにみえた。
だが実際には、そうした外見とはうらはらに、彼はヒトラーの人種理論の忠実な使徒として、過酷なナチスの弾圧政治の実行者となったのだった。
あの悪名たかい秘密国家警察もふくめて、すべての政治警察機構は親衛隊の組織に組みいれられ、
ヒムラーとその協力者ハイドリヒの意のままに動かされた。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「ハインリッヒ・ヒムラー」は「ハインリヒ・ヒムラー」とも表記されることがあります。 http://www.c20.jp/
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