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ドッジ、池田蔵相に昭和24年度予算案を内示
1949/03/22
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用ドッジは、元デトロイト銀行の頭取で、アメリカ占領下の、西ドイツに赴き、
通貨改革を担当して成功させた国際金融の専門家であった。
彼は、さきに総司令部が日本に命じた企業合理化三原則、経済安定九原則の上にドッジ・ラインを組み立てた。
「日本経済は、アメリカの援助と、国家の補助金と、二本の足に支えられた竹馬経済だ。
この足を断ち切って、自分の足で立たなければならない。
そのためには摩擦(フリクション)はあっても、経済安定九原則を実施して、まがいもの(フィクション)のない経済にしなければならない」と、
指示しその方針で、二十四年度(一九四九)予算の編成を指導した。
「この予算は、ヒマシ油のように飲みにくいが日本経済にとって必要である」といった。
それは、歳入四千五百二十四億一千九十九円、歳出四千三百七十四億七千九百六十四円という規模で、
池田たちが考えていた大蔵省原案にくらべると、歳出が、約千四百億円の節約ぶりであった。
その節約は、補給金の削減と、行政整理とによるものであった。
池田は思わず、この予算編成の難しさに唸り声を上げた。
このドッジ・ラインの結果として、企業はその二本の足を切られることになって、
合理化に向かわなければならなかった。
操業度の引き下げ、支払いの遅延、賃金カット、首切りなどの経営操作となってあらわれた。
まさしく、デフレである。
行政整理は、国家、地方公務員の整理となって政策化され、吉田内閣はこの年の国会に、各省設置法改正案、
行政機関定員法案とを成立に持ち込んだ。
それによって、約二十数万の国家および地方公務員が、整理させることになった。
このときすでに“公社”となっていた国鉄は、定員法にもとづいて、
各官庁よりも最も多い十二万四百十三名の馘首を行なわなければならなかった。
戸川猪佐武 「小説 吉田茂」
P.301この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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