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下山事件
1949/07/06
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用行政整理と企業整備をほとんど何の抵抗もなく成功させたものは、吉田内閣の政治力でもなく、財界の組織力でもなく、
いわんや労働者の納得でもなく、七月四日のマッカーサー声明と下山事件から三鷹事件を経て松川事件にいたる一連の
―アメリカのCIAと占領軍が工作したと推理される一連の事件の結果であった。
とくに最初の事件としての下山事件が果した役割は大きかった。
国鉄の加賀山副総裁は、のちに下山「事件を契機に国鉄の大整理も漸次進行して無事終了した」のだから、
「下山総裁の死は徒死ではなかった」し、むしろ「貴重な犠牲であった」と自記し、
東芝の石坂社長は、のちに「ぼくの東芝再建には下山氏の死に負うところが大きい」し、
「同氏の犠牲は、当時の混乱したいろいろの争議〔解決〕に大いに役立った」のだから、
「同氏の死は犬死ではない」と追想し、いちどはぜひ故下山総裁の墓参りをしなければならないとかんがえた。
吉田内閣は、抵抗の挫折に乗じてさらに弾圧を強化した。
信夫清三郎 「戦後日本政治史Ⅲ」
P.994この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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