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内田外相、「焦土外交」の決意を表明
1932/08/25
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
内田外相としては、単に満州国を承認する断固たる決意を表現したにすぎないのだが、
図らずもこの決意表明は不吉な予言になった。
この13年後には、日本はすっかり焦土になっていた。
意地悪なtaroとしては、焦土となった日本を内田さんに見せられなかったのが残念だ。
内田さんはそのずっと以前に永眠している。
だが、そんなtaroの無念を歴史が晴らしてくれている。
歴史は彼に問い続ける。ねえねえ、あのとき、どうしてそんなに満州国を承認したかったの? あのあと、
日本はホントに焦土になっちゃったんだよ。それでも、やっぱり満州国を承認してよかったと思う?
満州国なんか承認せずに、国際連盟も脱退しなければ、日本は焦土にならずにすんだかもしれないよねえ。
ねえ、どう思う?
歴史ってやつがこんなしつこいやつだと知っていたら、内田さんもうもう少し慎重だったかもしれない。
人は、特に偉い人は、生きているうちから歴史を意識した方がよいとtaroは思う。
語録
軍部一部の短見者流の横車に引摺られて青年将校でも述べさうなことをお先棒となりて高唱し、
何等の策も術もなく、押の一手一点張り、無策外交の極地
宇垣一成 (朝鮮総督)
引用日本が日満議定書に調印して、満州国独立を承認したのは、内田外相のもとで、九月十五日のことであった。
この満州国承認にあたって、第六十三臨時議会で政友会代表の森恪が、斎藤首相、内田外相に質問を投げかけた。
「満州国承認は世界の世論に衝撃を与え、国際連盟と正面衝突し、日本は脱退せざるを得ないことになるかもしれない。
日支両国、列国との間に生ずる国交上の重大化について、政府は準備はできているのか」
森の質問の裏には、
―ソ連も米英も、対日強攻策に出てこよう。彼らを相手に、戦っていく肚をつくれ。
という意味がこめられていた。答弁にたった内田は、さらに勇ましかった。
「満蒙の事件はわが帝国にとって、いわゆる自衛権の発動にもとづくものであります。
恥ずることのない公明正大なものという自信があります。
わが国民はただいま、森君がいわれたとおり、この問題のためには挙国一致、国を“焦土”にしても、
この主張を通すことにおいては、一歩も譲らない決心を持っているといわなければならぬ」
これには森も軍部も、逆に毒気にあてられた。
この内田の“焦土外交”という言葉は、流行語になったほどである。
戸川猪佐武 「小説 吉田茂」
P.53この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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