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アメリカ、対独参戦
1917/04/06
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用イギリスから、ドイツ外相ツィンメルマンがメキシコ駐在大使にあてた極秘電報を傍受したとの連絡があった。
もしアメリカが参戦したら、メキシコも対米開戦するよう、ドイツとメキシコの軍事同盟を工作することを指示したものだった。
さらにそれは、七〇年前にメキシコがアメリカとの戦争に敗れて割譲させられた地域、
アリゾナやカリフォルニアなどを奪還することを提案していたのである。
この電報は、商船武装法が審議されはじめた二日後に公表され、翌三月一日の新聞にいっせいに報道された。
理屈だけでいえば、かつて領土のほとんど半分を奪われたメキシコがそれを取り戻したいと考えることは、十分にありうる。
それは現実にはありえないことだったが、アメリカの世論は沸騰し、多数のアメリカ人は怒り狂った。
同じ日に下院議会は、四〇三対一三という圧倒的な差で商船武装法を可決した。
三日後、ウィルソン大統領は第二期就任演説において、アメリカが武装中立の状態に入ったことを声明した。
二週間後、アメリカ商船は武装したとはいえ潜水艦攻撃には十分に対抗できず、五隻が撃沈された。
他方、その数日前にロシアで二月(新暦では三月)革命が起こり、ツァーリズムの専制主義は打倒された。
いまや、連合国はすべての民主主義を守るために戦っているといえる状態になった。
アメリカが参戦する条件が整ったのである。
こうして三月二十日、ウィルソン政府は閣議で参戦の方針を固めた。
宣戦布告の権限は議会にあるため、ウィルソン大統領は四月二日、議会に宣戦布告を求める教書を提出した。
自国の権利を守るためだけではなく、平和と正義のため、世界の人民を守るため、
世界の民主主義のために戦うという格調ある文面を読んだのである。
四日、上院は八二対六という大差で宣戦布告を決議した。
その二日後、下院も三七三対五〇という圧倒的な差で決議を可決した。
反対者のなかには、一週間前にはじめて女性議員として着任したジャネット・ランキンが含まれていた
(当時、まだ一般的には女性参政権は実現していなかった。
しかし彼女の出身地、モンタナ州では一四年にそれを認めていた)。
ただちにウィルソン大統領は決議文に署名し、アメリカの第一次世界大戦への参加が決定した。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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