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日露協約②調印
1910/07/04
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用一九〇九年(明治四十二年)清国とのあいだに、米英資本により錦州―愛琿間の鉄道を敷設する予備協定を成立させると、
十二月十八日アメリカ政府は、このことを報ずると同時に、清国の領土保全と機会均等主義を実現するため、
満州のすべての鉄道を清国の所有とし、関係列国の共同経営にする案をもち出してきた。
これは、鉄道を中心にして満州の植民地化をはかっている日本とロシアをおびやかすものであった。
日露両国は協議のうえでこの提案を拒否し、不成立に追い込んでゆくのであるが、このことは、
満州における日露の提携が、満州を両国の独占下におくことをめざしている点を、より明確にすることが必要だと考えさせるにいたった。
一九一〇年(明治四十三年)七月四日、前回の協約を補充するものとして第二回日露協約が調印されたが、
その第一条で、両国が満州における鉄道について「友好的協力」を行ない、「一切ノ競争ヲ為サザルコト」を規定したのは、
あきらかにアメリカの満州鉄道中立化案への対抗を示していた。
さらに秘密協定では、前回協約の利益分界線を両国の特殊利益の境界とすることに改めていた。
古屋哲夫 「日露戦争」
P.240この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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