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日露協約①調印
1907/07/30
~ 帝国主義日本のこころ ~
日清戦争の勝利 → 韓国は日本のもの → ロシアに取られたくない → 日露戦争
日露戦争の勝利 → 南満州は日本のもの → 英米に取られたくない → 日露協約
taro's トーク
ああああああ
引用日清戦争以来十年にわたる対立を、日露戦争によって清算した両国は、こんどはすぐさま手を結び合う仲になった。
ポーツマス条約による撤兵期間十八ヵ月が終るのは、一九〇七年(明治四十年)四月であるが、
早くもその三ヵ月後には、第一次日露協約が調印された。
日露戦争の結果、両国が満州に利権を二分したことが、この提携の基本的な条件になっていた。
ロシアは日本に南満州の利権を譲ったとはいえ、北満州を横断する東清鉄道とハルピン―長春間の鉄道を所有している。
いわば、戦争の結果、日露両国は満州における既得権者として対等の地位に立ったのであった。
したがって、この既得の利権への攻撃にそなえねばならないという点で両国は共通の利害関係に立つことになったのである。
【中略】
できあがった協約は、公表される協定と秘密協定とからなり、この協約の中心目的が秘密協定であったことはいうまでもない。
公開協定は(一)日露両国が相互に、その領土およびこれまで清国と結んだ条約、日露間の条約を尊重する、
(二)清国の独立と領土保全、列国商工業の機会均等をうたっただけのものだった。
しかし清国の独立をまともに考えているのではないことは、秘密協定ですぐ明らかになってくる。
秘密協定はまず、満州に両国の利益分界線をつくることをきめた。
利益分界線は露韓国境から、長春、ハルピンの中間を通り満州を横断するように定められ、
鉄道、電信の権利をそれぞれ分界線をこえて獲得する活動をしないことを約束するものであった。
この案を出した日本側が、列国および清国の反発を考慮して、
問題を政治的意味をもつ鉄道と電信にかぎったと述べていることからもわかるように、
植民地化の境界線と了解されていたことは明白であろう。
この満州分割についで、秘密協定は、ロシアは韓国に対する日本の支配の発展を承認すること、
日本は、外蒙古におけるロシアの特殊権益を承認することを規定した。
古屋哲夫 「日露戦争」
P.230この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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