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南満州鉄道株式会社(満鉄)設立
1906/11/26
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用日本にとって満鉄は、たんなる鉄道会社にすぎないものではなく、鉄道付属地という名の植民地を統治し、
さらに植民地を拡大するための機関にほかならなかった。
命令書は満鉄に対して、付属地の土木、衛生、教育にかんし必要な施策を行なうことを命じ、
その費用を住民からとりたてる権利を与えた。
そして、清国の行政権をまったく閉め出し、遼東租借地と同様、日本の領土として扱ったのであった。
付属地といっても線路の敷地は一部にすぎず、停車場周辺の市街地が主要な部分を占めており、
満州の交通の要衝に日本の小領土がつくられたことを意味した。
日本は清国からの抗議を無視して、安奉線敷設のために買収した土地をもこのような付属地として扱っていった。
古屋哲夫 「日露戦争」
P.226この本を入手
引用十一月南満州鉄道株式会社(満鉄)が後藤新平社長のもとに創設された。
これは後藤がイギリスの東インド会社にならって造った武力を背景とする植民地経営の国策会社で、
欧米からは満州侵略の尖兵とみなされるものである。
豊田穣 「西園寺公望(上)」
P.356この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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