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戦艦「初瀬」「八島」、旅順沖で触雷、沈没
1904/05/15
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用五月二日(十五日)に、戦艦「初瀬」、「八島」、「敷島」と巡洋艦三隻[実際は巡洋艦「笠置」と通報艦「竜田」の二隻]からなる敵の艦船が
旅順港に姿を見せた。
ロシアの沿岸監視所は、戦隊の動きを注意深く監視していた。
間もなく、一番後を進んでいた戦艦「初瀬」に爆発が起った。
軍艦はひどく傾いた。
乗組員を助けようとして、ボートがだされた。
損傷をうけた軍艦に危険を犯して近づこうとした戦艦「八島」が間もなく第二機雷に接触して、これまた爆破した。
日本の戦艦二隻が沈没してしまった。
「初瀬」だけで、敵は士官と兵曹三六名、水兵四五七名を失ったのであった。
この日は日本艦隊の厄日といわれるようになった。
戦艦二隻以外に、日本海軍はエリオット島(裏長山列島)地域で、巡洋艦「吉野」を失ってしまった。
同艦では三三五名が戦死した。
その二日後、旅順港のロシア機雷にふれて、水雷艇「暁」が爆破したし、
日本の砲艦「大島」が、停泊中別の日本砲艦と接触して沈没してしまった。
ロストーノフ 「ソ連から見た日露戦争」
P.144
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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