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金子特使渡米
1904/02/24
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
日露戦争の歴史の中で、taroが最も感動的と思うのが、金子堅太郎が渡米を決意する場面だ。
対露開戦は決定したものの、この横綱相手の相撲に勝算はまったくない。
御前会議を終えた伊藤博文は、早速金子を呼び、対米工作のための渡米を要請する。
金子は伊藤の腹心であり、バーバード大学の卒業生であるというだけでなく、時のアメリカ大統領T・ルーズベルトと旧知の間柄である。
説得は二日間に及び、伊藤の涙に負け、金子はついに渡米を承諾する。
だが、あの巨大なアメリカで果たして何ができるだろう。
大統領を動かし、その好意的仲介で戦争を終えるなどということがいったい可能だろうか。
そんな思いが片時も彼の脳裏から去らなかったにちがいない。
彼はやがて船上の人となるが、そのサイベリア号には高橋是清が、これまた不可能と思える重大任務を帯びて乗船していた。
ちなみに、金子、T・ルーズベルトだけでなく、のちの講和会議全権小村寿太郎もハーバードの同窓だ。
ポーツマス条約はこの学閥によって成し遂げられたと言っていいかもしれない。
金子は、自分には負いかねる重大な使命であり、第一、アメリカ国民を親日的なものにさせることは不可能であるという理由から辞退した。
歴史的にみても、アメリカは南北戦争で現在の合衆国を建設した折にロシアの援助を受け、
現在でも恩義を感じているし、またアメリカの富豪の大半はロシアの貴族階級と姻戚関係にあり、
貿易をはじめ財政、政治、経済の上でロシアとの関係は深く、軍需品もロシアに大量に輸出し、両国間に楔を入れることなどできないという。
まして、ルーズベルトに日本に有利な和平斡旋をうながすなどということは論外だ、と答えた。
しかし、伊藤も屈せず、
「もし君が行かない場合には、アメリカはロシアの完全な味方になり日本の生きる道はなくなるだろう。
是非、渡米して欲しい」
と、強い語調で言った。
金子は、
「半ばぐらい成功する予測が立てられれば行きますが、全く見込みがありません。
もしそれを可能とする人物がいるとしたら、それは伊藤公爵以外にないでしょう」
と、答えた。
伊藤は、
と、くりかえした。
金子は頭をふりつづけ、結論が出ぬままに官邸を辞した。
「決心はついたか」
伊藤は、言った。
「御辞退いたします。熟考しましたが、自信はありません」
金子は、即座に答えた。
伊藤は、熱をおびた口調で説得をはじめた。
「戦争を決意はしたが、勝つ見込みは全くないのだ。
しかし、私は、一身を捧げる覚悟で、もしもロシア軍が大挙九州に上陸してきたならば、兵にまじって銃をとり戦うつもりだ。
兵は死に絶え艦はすべて沈むかも知れぬが、私は生命のあるかぎり最後まで戦う。
この度の戦さは、勝利を期待することは無理だが、国家のため全員が生命を賭して最後まで戦う決意があれば、
国を救う道が開けるかも知れない。
君は成功する見込みがないといって辞退しているが、成功しようなどとは考えず、
身を賭すという決意があれば十分なのだ。
ぜひ、渡米して欲しい。私と共に生命を国家に捧げてもらいたい」
伊藤の眼は、光っていた。
金子は沈黙し、やがて、
「渡米します」
と、答えた。
「対等の兵力では勝利を得る見込みがないので、ロシア軍の三倍の兵力をもって当るつもりです。
それでも勝敗は五分五分と見ているが、せめて六分四分にしようとして、参謀本部で三十日も泊まりこんで作戦を練っています」
と、答えた。
「日本軍艦の半分は撃沈させられると思う。
勝利を得たいと思ってはいるが、これ以上話すことはない」
と、暗い表情で答えた。
その日、金子は帰宅してあわただしく渡米の準備をし、夜遅く就寝した。
吉村昭 「ポーツマスの旗」
P.75この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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