|
大川 周明
1886 - 1957
[ おおかわ・しゅうめい ]
国家主義者、満鉄東亜経済調査局局長、拓大教授、A級戦犯容疑者
エピソード 1大川周明は絵になる男、と言ってしまってはまじめな人からお叱りを受けるだろうか。
あの厳粛なる東京裁判の被告席で、東條英機のツルツルのハゲ頭をパンパン叩いて法廷の注目を集め、
ついには狂人として免訴を勝ち取っている。
狂人だったのか狂人を演じたのかは永遠のなぞだが、その後にコーランの邦訳を完成したのだから、いずれにしても大したものだ。
引用大川周明は、いうまでもなく右翼理論の第一人者。
彼は法学博士の肩書をもち、拓殖大学教授、東亜経済調査局理事長であった。
東大哲学科出身で、本来は印度哲学者である。
法学博士になったのも、印哲研究中に印度の植民史を研究して、その論文を提出したからだった。
以来、アジアの植民史を研究して、アジアの解放と復興とを主張した。
【中略】
大川が軍人方面に知己が多かったのは、彼が東大在学中にアルバイトで参謀本部のドイツ語翻訳を引受けていたからだった。
渡辺錠太郎、宇垣一成、荒木貞夫、杉山元、建川美次、東条英機、永田鉄山、岡村寧次らの首脳と因縁が深かった。
松本清張 「昭和史発掘(4)」
P.103この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
http://www.c20.jp/
おたよりはこちら |