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安達内相、政友・民政協力内閣を主張 (声明発表)
1931/11/21
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用第二次若槻内閣にとどめをさしたのは、
井上の財政政策に反対する安達謙蔵内相一派の協力内閣運動であった。
英国マクドナルド内閣の挙国一致内閣にならって、安達らは、政友会との連立内閣をつくり、
この非常事態に対処しようとしたのである。
しかし、その背後には、ドル買い筋が暗躍していたといわれる。
ドル買い筋が思惑どおり利益をあげるためには、若槻内閣を倒して、金輸出再禁止をさせる必要があったのである。
三一年一二月一一日、若槻内閣は閣内不統一によって総辞職に追いこまれた。
二日後の一三日、政友会総裁犬養毅が後継首相に推され、同内閣は即日金輸出再禁止をおこなった。
中村政則 「昭和の歴史(2)」
P.290この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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