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27年テーゼ
1927/07/15
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用昭和二年七月一五日、コミンテルン日本問題委員会で「日本問題に関する決議(二七年テーゼ)」が採択された。
テーゼは日本の情勢を、民主主義革命の客観的諸前提も、それの社会主義革命への強行的転化の客観的諸前提も備っているととらえ、
それゆえまず封建的専制勢力を打破して民主主義革命を実現し、ついで社会主義革命へ転化させねばならないという戦略を規定した。
しかも日本の革命の遂行にあたっては、革命の主体的勢力が情勢にたちおくれていることを指摘し、
共産党の質的量的発展と大衆活動の展開を強調し、山川イズム、福本イズムをきびしく批判した。
労農党においても評議会においても実践のなかで次第に福本イズムを克服しつつあったが、
「二七年テーゼ」の方針が具体化されるのは
コミンテルン派遣団(徳田球一、渡辺政之輔、鍋山貞親、中尾勝男、河合悦三、福本和夫、佐野文夫)が一一年帰国し、
一二月初旬に共産党拡大中央委員会を開いてからである。
「二七年テーゼ」は山川イズムに対して「共産党を労働組合の左翼フラクションもしくは広範な労働者農民政党によって
いくぶんでも代用させうるという考えは、根本的に誤謬であり、日和見主義である」と非難するとともに、
福本イズムに対しては、「同志クロキ〈福本〉が提唱した『分離結合』の理論は」
「プロレタリアートの大衆諸組織から党の孤立をまねくような方針」であり、「レーニン主義とは決定的にまた根本的に矛盾している」と非難した。
佐々木敏二 「山本宣治(下)」
P.207この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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