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田中義一、政友会総裁⑤就任
1925/04/13
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
語録
田中大将の政党入りは、予定の筋書に多少の手違ひが生じて小なる政友会の総裁にならねばならぬ羽目となった。
【中略】 然るに彼の周囲には鶏鳴狗盗的の策士か然らずんば功をあせるが為に迎へたる輩が囲繞して居るから中々危険である。
宇垣一成 (陸相)
引用高橋は政友会総裁を引退することを声明し、四月十三日政友会は田中義一を総裁に推戴することを決議し、
四月十四日政友会臨時大会で田中は総裁に就任した。
政友会は第五代目の総裁に中国大陸進出(侵略)で評判の悪い長閥の陸軍大臣を選んだのである。なぜか?
田中引き出しの先棒をかついだのは横田でその死後は小泉三申が引き継いだ。
前年(大正十三年)十一月頃横田と高橋が次期総裁について話し合ったとき、伊東巳代治、田、後藤新平、田中義一の名があがり、
田中がよかろうということになった。
(伊東は金に汚いということで評判が悪く田、後藤は政友会の長老野田大塊、岡崎邦輔との折合いが心配され、
結局無色透明の田中の方がシャッポとして操縦し易く、政権をとった場合にもよかろうということらしい。
人がいないとは言いながら立憲政友会も血迷ったものである)
豊田穣 「西園寺公望(下)」
P.207この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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