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サラエボ事件
1914/06/28
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用大正三年六月二十八日ボスニア(現ユーゴスラビア)の一角、サラエボで轟いた一発の銃声は、
ヨーロッパを大戦に巻きこんだ。
セルビアの愛国党員ガワリーロ・プリンシポフは、大演習の統監に来ていたオーストリアの皇太子フランツ・フェルジナンド夫妻を暗殺した。
私はサラエボに行ったことがあるが、彼が待ち伏せしていたビルの角には彼の顔がレリーフになっており、
その下には彼の靴の跡が石に刻みこんである。
プリンシポフはオーストリア官憲の手に捕らえられたが、十八歳という若さの為に死一等を減じられてプラハの刑務所に送られ、
三年後に死んだ。
豊田穣 「西園寺公望(下)」
P.71この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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