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「平民新聞」廃刊
1905/01/29
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用「血の日曜日」の事件を報じたのは偶然にも、「平民新聞」の終刊号(一月二十九日、第六十四号)であった。
開戦後も大胆に戦争批判を続けたこの週間新聞も、しだいに強まってくる抑圧をもちこたえられなくなっていた。
一九〇四年十一月六日第五十二号が社説「小学校教師に告ぐ」で発売禁止となり、
幸徳秋水が禁錮五ヵ月、西川光二郎が同七ヵ月、罰金それぞれ五十円の刑に処せられたうえ、
印刷機械も没収された。
ついで発刊一周年を記念して「共産党宣言」を訳載した五十三号も発売禁止で没収された。
こうした発禁や罰金、あるいは没収機械の弁償などの経費が重くなってくると、ついに財政的にもちこたえられなくなり、
自発的廃刊が決定されたのである。
一年二ヵ月にわたり、延べ二十万部を発行し、社会主義への関心を広めるうえで大きな役割をはたしたこの新聞も、
運動の大衆的基礎をつくるまでにはゆかなかった。
古屋哲夫 「日露戦争」
P.148この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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