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GHQ、近衛文麿の憲法改正作業にGHQは関知しないと声明
1945/11/01
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用京都大学時代の恩師で憲法学の権威佐々木惣一博士に同じく内大臣御用掛の任についてもらい、
具体的な改正案の起草にとりかかった近衛は、二十一日、AP通信の東京特派員ラッセル・ブラインズを通じ、
自分がマッカーサー元帥のすすめによって憲法改正に着手するにいたったと、世界に告げたのである。
「元帥は会見劈頭日本憲法を自由主義化する必要のあることをはつきり言明し、
自分にその運動の先導をするやう示唆した。
自分は憲法改正は天皇陛下の御発意によつてのみ行ひ得る旨を答へたが、
元帥の意志を陛下に御伝へすることを約束した。
そしてこのことを御報告申上げたら、陛下は自分に憲法改正に着手せよと命ぜられ、
自分は内大臣御用掛を拝命した。
改正草案は十一月中に完成したいと思つてゐる。
米軍当局には随時詳細に亘つて報告されよう。
マ元帥からは特殊の問題はすべて最高司令官自身へ持つてくるやう要求されてゐる・・・・・・」
この記事がGHQの事前検閲を経て掲載されたのだということを考えると、
この段階ではマッカーサーは自分が近衛に憲法改正のイニシャティブをとらせたという事実を完全に認めていたことになる。
当時中国でもまたアメリカ国内でも、近衛は戦争犯罪人として逮捕されるべきだという声は高かった。
それなのにマッカーサーはなぜ近衛を重用したのだろうか。
マッカーサーの貴族趣味というだけでは解答にならない。
おそらく天皇制をその権力を弱体化しつつもかたちとして守ることをすでに決意していたマッカーサーは、
その目的のために、天皇家の最良の理解者であり、最大の忠臣である近衛を利用しようとしたのではないだろうか。
マッカーサーが近衛を天皇と同じように戦犯リストから除外することができると思っていたかどうかは明らかでない。
APの記事は近衛にとって命とりになった。
十月二十六日の『ニューヨーク・タイムズ』紙は近衛が日本の憲法を起草するにふさわしいというなら、
[ナチスの]ゲーリングもアメリカ合衆国の首相になれる、というきびしい社説をかかげた。
袖井林二郎 「マッカーサーの二千日」
P.163この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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