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浜口首相登院
1931/03/10
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用予算案の審議が大詰めにちかづいた三月一〇日から、
浜口雄幸は傷病の身を押して登院、首相の責任をはたそうと最後の力をふりしぼったが、
議会閉会後、ふたたび健康が悪化し、四月四日には、帝大病院塩田外科へ再入院しなければならなかった。
ここにいたって浜口は、民政党総裁辞任の決意をかため、若槻礼次郎がそのあとをついだ。
ちなみに浜口は、その後八月二六日、息をひきとることになる。
中村政則 「昭和の歴史(2)」
P.282この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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