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蒋介石、国民政府主席就任
1928/10/08
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用一九二八年十月、国民党は中央常務委員会を開いて「国民政府組織法」
「訓政大綱」を決め、立法、行政、司法のほか考試と監察(官吏の任免と監察)を加えた五院を最高機関とする
国民政府を正式に発足させた。
「訓政」とは「軍政」から「憲政」に移行する過渡期にあたり、この期間は国民党が「国民を指導して政権を行使する」
一党独裁が行なわれることとされ、民衆運動にはきびしい枠がはめられていた。
蒋介石がこの国民政府主席となった。
しかし形の上では統一されたこの政権も、
その内実は「革命軍将領」あるいは「国民政府委員・各省主席」の肩書をもつ新軍閥の不安定な連合にすぎなかった。
財政部長宋子文が「中央の財政権はわずかに江西、浙江、安徽、江蘇に及ぶだけで、
このうち安徽、江西の収入は中央に入ってこない」(二九年一月)と報告しているように、
その他の各省の税収はすべて張学良、閻錫山、馮玉祥、李宗仁、白崇禧、
李済深ら地方軍閥が勝手に処分して私兵を養っているありさまだった。
しかも党内には汪精衛らの改組派、胡漢民らの元老派、鄒魯らの西山派など、
蒋介石に対立する派閥が根を張っていた。
小島晋治・丸山松幸 「中国近現代史」
P.123この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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