|
重光・マッカーサー会談
1945/09/03
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用それは、ミズーリ号艦上の式典が終わって数時間しか経ていない午後四時過ぎのことであった。
GHQのマーシャル副参謀長から呼び出された鈴木公使が、そこで「翌三日に告示する予定」と言って提示されたのが、
有名な「三布告」である。
「連合国最高司令官総司令部」の「布告第一号」は、
「行政、司法及立法ノ三権ヲ含ム日本帝国政府ノ一切ノ権能ハ爾今本官ノ権限下ニ行使セラルルモノトス」と宣言し、
英語を公用語とするとした。
どうやら、日本政府が最も恐れていたものが来たようであった。
「布告第二号」は、SCAP命令への違反者を「占領軍裁判所」が死刑以下の刑に処するとした。
治外法権という明治の悪夢どころの話ではなくなるわけである。
そして「布告第三号」が、占領軍の発行するB軍票を「日本銀行ノ発行スル法定通貨」と同等の「日本法貨」とすることを命じた。
鈴木公使は、その場でこの措置が「天皇および日本政府を通して統治する」公的な方針にもとるうえ、
天皇の詔書に従って日本国民が懸命に協力しようとしている最中にそれを覆すことが政治的に賢明でないことを説き、再考を求めた。
この報を受けて日本政府は、ただちに動いた。
二日深夜、政府の命で横浜に急行した終戦連絡中央事務局の岡崎勝男局長は、サザランド参謀長と会見した。
参謀長は岡崎の要請を容れて、とりあえず三布告の公布差し止めに同意した。
翌三日、重光外相が決着すべく、焼け野原の中を、あわただしく連日の横浜行きとなった。
午前十時半からのマッカーサーとの会見で、重光は説得に成功した。
マッカーサーは、「要スルニ政府及国民ノ出方一ツニテ之ノ問題ハ如何トモナル」と語って、
重光の言う日本側の誠意を持っての協力姿勢を認めた。
布告を「日本政府に対する命令」に変え、日本政府が自らの手で執り行うことは差し支えないと答えた。
勝者の側で、日本国民を直接統治する意図は、必ずしも断固たるものではなかった。
五百旗頭真 「占領期」
P.54この本を入手
引用マ元帥の総司令部が成立するや、この内閣にとって最大の課題は、占領軍の直接統治、すなわち軍政をくいとめることであった。
九月三日、マ元帥の日本国民への布告文を非公式に内示された重光外相はおおいに驚いた。
その内容は占領軍が日本全土に軍政を布くというのである。そのほかに、
(1)米軍の軍事裁判所が日本国内の裁判権を行使する
(2)総司令部は日本において軍票を行使する
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
http://www.c20.jp/
おたよりはこちら |