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一木支隊全滅
1942/08/21
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用八月七日にソロモン群島の最南端の島ガダルカナル島にアメリカ軍の急襲があった。
ラバウルから南へ千キロの距離にあるこの島には、航空基地を設営した海軍の陸戦隊二千人が守備にあたっていたが、
充分な防禦基地もできていなかったので、あっさりと上陸を許した。
アメリカ軍はガダルカナル、ツラギ両島に日本軍が航空基地を設営するのを警戒し、
早めにこれをたたいておこうというのであった。
日本軍は、この急襲を重視しなかった。
陸軍中央はガダルカナル島という名前さえ知らなかった。
ましてやこの島で半年間にわたり死闘がつづくことになろうとは予想もしなかった。
急襲の翌日、日本軍は第八艦隊(三川艦隊)が攻撃をかけ、アメリカの重巡四隻と四千名の乗組員を沈めた。
これが大本営にアメリカ軍の実力を過小評価させた。
全力をあげれば、ガダルカナル奪回は容易であるとして、ミッドウェー占領を予期してトラック島に待機したままの
一木支隊九百名に作戦命令が下された。
八月二十一日、一木支隊は夜襲をかけたが、戦車と砲火の集中攻撃を浴び全滅した。
このことはアメリカ軍が急激に態勢を整えていることを意味した。
実際、アメリカ軍はガダルカナルに滑走路を完成し、爆撃機と戦闘機を進出させて制空権を握り、
攻撃圏内に日本の輸送船の侵入を許さない戦略をとっていたのである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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