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袁世凱、臨時大総統就任
1912/03/10
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用北方軍閥の袁世凱は、南方政府が成立するのを待って和議を申込んできた。
袁は李鴻章の幕僚として前から外国に信望があり、とくにイギリスは清朝没落後、袁によって自国の利益を図ろうとした。
イギリスの政策に追随する日本もこれに従ったが、袁はこうした列強の経済的援助を背景に、
有利な位置から南京政府との和議を提唱したのである。
そのかげにはイギリスの策動があった。
これに対し、南京の革命政権は財政的に困窮していた。
その上、革命を遂行するには内部の団結にも意志にも欠けていた。
結局、孫文は袁と妥協することに決し、袁が臨時大総統となった。
しかし、袁は約束通りには南京に来らず、政府をも北京に移してしまった。
こうして「共和制」は名前のみとなった。
孫文の「弱腰」は責められるべきだろう。
のち蒋介石の国民党軍の北伐にいたるまで軍閥政権がつづく。
松本清張 「昭和史発掘(8)」
P.254この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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