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藤村操(一高生)華厳の滝で投身自殺
1903/05/22
~ 「巌頭の感」 (一部改) ~
悠々たるかな天壌、遼々たるかな古今、五尺の小躯をもってこの大をはからんとす。
ホレーショの哲学ついに何らのオーソリチーを価するものぞ。
万有の真相はただ一言にしてつくす、いわく「不可解」。
われこの恨をいだきて煩悶ついに死を決するに至る。
すでに巌頭に立つに及んで胸中何らの不安あるなし。
はじめて知る大なる悲観は大なる楽観に一致するを。
taro's トーク
2003年11月「クリック20世紀」をついに公開、当然人の目が気になる。
すると、アクセス解析の結果を見ながら、あれこれ想像する時間が増える。
どんなキーワードをきっかけに人が弊サイトを訪れるかもアクセス解析でわかる。
いちばん予想外だったのは「藤村操」というキーワードでやってくる人の多さだ。
月末、TVドラマの影響で「溥儀」が首位に立つまで、人名では彼の名がトップであり続けた。
なんでだろう、と考え続けている。あまりいい想像は浮かばない。
100年前に自殺した青年に、共感を覚える人が増えているということだろうか。
自殺を否定することはtaroはしない。
taroの考えでは、人は白紙と鉛筆を持って生まれてくる。何を描こうと自由だ。
taroはtaroなりに何かを描いてから死にたいと思っているが、何かを描く前に、自ら紙と鉛筆をつき返してしまう人もいる。
藤村などまさにそうだ。
彼は、「不可解」を可能性や希望や夢の同義語だとはついに思えなかったようだ。
そのような人が増えているということなのだろうか。
taroの知らない別の理由があるのかもしれない。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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