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ジョージ・F・ケナン
1904 - 健在
駐ソ大使、駐ユーゴ大使、国務省政策企画委員長、プリンストン高等研究所名誉教授 / アメリカ
エピソード 1調査中。
引用ソ連の行動はそもそも膨張主義的であり、西側に敵対的であるという見解を戦後最も早い段階から提唱していたケナンは、
トルーマン政権は、モスクワとの協調という無駄な試みをやめ、共産主義封じ込め政策に転換すべきであると主張した。
封じ込め理論は、ソ連の軍事力ではなく、西ヨーロッパ・日本・中東の国内経済、および政治・精神面での弱さが、
戦後のアメリカの安全保障にとっては最も脅威であるとの前提に立っていた。
第二次世界大戦による損害や被害の大きさからして、ソ連はもう一度戦争の危険を冒す意図はないというのである。
「我々を脅かしているのはソ連の軍事力ではない。
ソ連の政治力だ。そのことを忘れてはならない」とケナンは、一九四七年一〇月、陸軍大学での講演で語り、
また著作の中で繰り返し強調した。
ソ連は、政府転覆、あるいはクーデター、そして自由選挙での勝利といったことを通して権力を握った現地の信頼できる共産党を使うことで、
志気を喪失し戦争で疲弊したヨーロッパやアジア諸国で、自分たちの目的を広めているというのである。
ソ連の意図を失敗させる鍵は、ソ連帝国の外で共産主義に対して「自ずから発生する抵抗勢力」を強化することだというのが、
ケナンの考えであった。
ヨーロッパやアジアの保守政権のもと、アメリカからの経済援助によって強固な資本主義経済をつくることが共産主義に対する防波堤になるというのである。
PPSでのケナンの最初の仕事は、四七年五月、西ヨーロッパ、とりわけドイツの西側占領地域における経済復興計画、
すなわちのちのマーシャル・プランであった。
アジアにおける工業力・軍事力の中心としてアメリカの同盟国日本を復興させることは、
アメリカの安全保障に関するケナンの戦略的観点からすれば、ヨーロッパと同じように重要であった。
アメリカの資源には限りがあったので、共産主義の脅威を受けている一部の国、特に中国は、
ケナンの観点からすると援助する価値がなかった。
国民党のもとで、中国はあまりに混乱し腐敗しきっているばかりでなく、工業的・軍事的な基礎を欠いており、
ソ連の手に落ちても世界的なバランス・オブ・パワーに影響を与えないというのである。
ケナンの地政学的な世界規模の封じ込め戦略は、ソ連帝国内部の緊張を高め、最終的にはソ連権力を「乱熟」させ、
あるいは完全に崩壊させるというものである。
日本の経済復興は、中国とは異なり、そうした封じ込め戦略からすれば、まさに要だったのである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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