|
星 亨
1850 - 1901
[ ほし・とおる ]
逓相、衆議院議長、東京市会議長、弁護士
エピソード 1調査中。
引用星は江戸の職人の家に生まれたが医師の養子となり英語を学び陸奥宗光の援助で官界に入り、
明治十年以降イギリスに留学し、帰国後代言人(後の弁護士)となり自由党の再編を指導した。
二十五年二月の第二回総選挙で議員に当選し議長になった。
豊田穣 「西園寺公望(上)」
P.232この本を入手
引用参事会議長としての星は無類のやり手で、一、築港問題、二、市教育会の設置、三、交通機関の整備、
等次から次へさばいてゆく凄腕は後の世までの語り草で、翌三十四年六月二十一日伊庭想太郎に暗殺されなければ当然政友会総裁となり、
一度は総理の印綬を帯びたかも知れぬ剛腹果断な鬼才であった。
【中略】
星は松方が憲政党による第二次内閣を組織したとき、アメリカ公使であったのを無断で帰国して、
外相のポストを要求して人を驚かしたことがあり、あくの強い戦闘的な男であったが、
有能な人物であることは多くの人が認めていた。
豊田穣 「西園寺公望(上)」
P.299この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
http://www.c20.jp/
おたよりはこちら |