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皇太子、ヨーロッパ歴訪
1921/03/03
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用東宮御学問所を修了された皇太子裕仁親王は3月3日、御召艦「香取」、供奉艦「鹿島」を伴い横浜港を出航、
半年間の欧州歴訪の途につかれた。
裕仁親王は英、仏、ベルギー、蘭、伊5か国をご視察、9月3日に帰国された。
バッキンガム宮殿での歓迎パーティーで華やかな雰囲気にひたり、スコットランドのアリール公爵の居城で
公爵夫妻が農民らと和気あいあいとパーティーを催す光景を見られた。
パリでは、フォンテーヌブローの森を自動車で走り、地下鉄に乗って買い物を楽しまれるなど、
それまであじわってことのなかった「人」としての自由を味わわれた。
思い出深く有意義なご旅行になったようで、のちに「いまもあのときの経験が役立ち、勉強になって、
今日の私の行動があると思います」と語られた。
引用二月二十六日午前七時、秘密結社抹殺社のメンバー六人は外遊中止を叫んで、麻布飯倉片町七番地の西園寺邸に乱入した。
寝ていた八郎は護身用仕込杖を揮って一味と相対し、「殺されても延期は出来ないのだ」と叫んだ。
この時彼は誤って自ら左の小指を傷つけ、また自分の眼鏡をこわして右まぶたに軽傷を負った。
一味に追われた八郎は隣りの相良子爵邸に逃げこんだ。
一味は室内を破壊した後、麻布鳥居坂署に捕えられた。
八郎は小指に繃帯した後、警視庁を訪れ、午後八時宮内庁に登庁した。
香取には供奉艦として同型艦の鹿島が同行し、両艦の半年間の費用が四百四十二万円と議会で採決され、
その他の費用は外務省及び大公使館の経費二百八十万円、外遊中の旅費(慈善団体への寄付、レセプション費、ホテル代、
馬車運賃、チップ、ショッピング等の宮廷費)二百万円、総計一千万円に近いといわれた。
その中には各国で君主、高官に贈呈する勲章(大勲位菊花大授章から勲八等まで)五百個、美術品三百個も入っていた。
時価として現在(昭和五十六年)の二百億円以上に上る。
豊田穣 「西園寺公望(下)」
P.155この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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