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女優松井須磨子自殺
1919/01/05
~ あああ ~
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用一月五日朝、人気絶頂の女優、松井須磨子が、東京・新宿牛込町にある芸術座の本拠地・芸術倶楽部で、
首吊り自殺する。
一九一八年一一月五日にスペイン風邪で死亡した愛人、島村抱月の後を追っての自殺であり、大変な騒ぎとなった。
文芸協会の女優募集に応募し、研究生に採用され、すぐに頭角をあらわした松井須磨子は『人形の家』のノラを演じて、
明治末ごろから、圧倒的な人気を誇るようになる。
私生活では、演劇の指導を受けた島村抱月と恋愛関係にあり、抱月に妻があったことから、
その恋の行方にも世間は大きな関心を寄せた。
一九一三年、抱月は早大教授の職を辞して家を出、芸術座を起こし、須磨子を中心に公演をプロデュースするようになる。
翌年、トルストイの『復活』が大ヒット。
劇中で歌った「カチューシャかわいや 別れのつらさ・・・・・・」は日本中で歌われ、須磨子は芸術座の女王といわれるようになる。
しかし、須磨子は自分の全存在は抱月あってのものだと信じ込んでおり、抱月の死の二月後の命日、
抱月と自分の写真を並べ、花と線香をたむけた前で首を吊った。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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